
60代、愛猫家の午後に訪れた異変
―推しと猫と暮らす日常が、ある日ふと止まった
2025.12.1



都内の古いマンションの一室。陽当りはそれほど良くないが、床は美代さん(仮名・62歳)が丁寧に磨き上げているため、ほのかに光沢を放っています。部屋の隅には、推しの演歌歌手・城崎竜二のポスターが飾られ、隣には愛猫「ミミ」のための爪とぎタワーがそびえ立っていました。
美代さんの日課は、朝6時に起きて、まずはラジオ体操。そして、ゴロゴロと甘えるミミに缶詰とカリカリを混ぜたごちそうを用意することです。
長年勤めた会社を早期退職し、今は週3日ほどスーパーのレジで働いている。仕事は生活のリズムと、人と話すための張り合い。推しである城崎竜二のコンサート遠征のために、こつこつ旅費を貯めるのが何よりの楽しみでした。
SNSでは同年代の“竜二ファン仲間”とつながり、毎晩、今日の出来事をDMで報告し合う。誰もが皆、誰かの「妻」や「母」ではなく、「自分」として生きている仲間たちです。美代さんは、この小さなコミュニティの中で、毎日確かな幸せを噛みしめていました。
「自分はまだまだ元気」――そう思っていた
体は軽く、マンションの急な階段も苦にならない。仕事帰りに立ち寄る、赤提灯が灯る居酒屋で一杯やるのが、何よりのリフレッシュ。キンと冷えたビールを一口。「ああ、生きている」と思う瞬間です。
「今が一番自由で楽しい。」
孤独なんて言葉は、辞書に載っているだけだと思っていた。
しかし、その“日常”があっけなく崩れる日が、予兆もなくやってきます。
ある朝、突然のめまい、そして沈黙
いつものようにミミの「ごはんまだ?」という催促の鳴き声で目を覚ました朝。美代さんはふと、枕元に置かれたコンサートチケットに目をやった。次の遠征は来月、まだ先です。
ベッドから立ち上がろうとした、その瞬間。 世界がぐらりと、水中で揺れるように歪みました。
「…あれ?」
壁に手をついても、そのひんやりとした感触すら頼りにならない。平衡感覚が失われ、体が重い鉛のように、なすすべなく床へと倒れ込みます。
ドン、と鈍い音が、床に敷いたラグに吸い込まれて消える。
美代さんの視界の端で、ミミが心配そうに動いています。
「ミミ、ごはん…」
唇から絞り出たのは、かすれた自分のものではないような声。その言葉を最後に、頭の中の雑音がスーッと引いていくように、意識が遠のいていきました。
部屋には、倒れた美代さんの静かな息遣いと、ミミの小さな、不安を訴える鳴き声だけが響いていました。
誰にも気づかれない「数時間」の重さ
気づけば、薬品の匂いがツンとする病院のベッドの上でした。 天井の蛍光灯が白く、やけに明るく感じます。
「MRIで小さな梗塞巣が確認できました。画像所見から小梗塞と判断しています。幸い後遺症は残らず、命に別状はありません。」
医師の説明は淡々としていました。
脳の血管が一時的に詰まっただけ。それっていわゆる脳梗塞なのでは?
さらに、次に続いた言葉が、美代さんの胸に鉛のように重くのしかかりました。
「救急搬送まで数時間かかったようです。」
救急隊員が、隣の部屋から水漏れの通報を受けて駆けつけた際、玄関ドアをノックしても反応がないのを不審に思い、不測の事態と判断して開錠に踏み切ったのだそうです。
もし、隣の人の通報がなかったら。もし、発見が夜だったら……。
職場には「体調不良で休みます」としか連絡できず、SNSも未読のまま。部屋に残したミミのことが頭をよぎります。餌は?水は?トイレは?
「もし、もう少し遅かったら……ミミはどうなっていたんだろう」
想像するだけで、胸が締めつけられる思いでした。自分のことよりも、残してしまった小さな命への責任が、病室の冷たい空気の中で美代さんを責めるように感じます。
退院後に広がる、部屋の冷たい空気
一週間後、退院することができました。
しかし、体調は落ち着いたものの、家に戻ると部屋の空気が違ったように感じます。
ミミはペットホテルに預けられていました。
迎えにきた美代さんを見た瞬間、ミミはケージから飛び出し、「ニャーオ!」と、普段よりずっと不安そうな、喉の奥から絞り出すような声を上げてまとわりつきました。
「ごめんね。ほんとにごめんね。」
美代さんは、ミミを抱きしめながら泣きました。あの朝、自分が倒れていなければ。ミミのごはん、水、部屋の空調……。
ほんの数日の不在が、どれだけこの小さな命に負担をかけたのかと申し訳ない気持ちがあふれます。
自分は、誰かに頼られることはあっても、自分が“倒れる側”になるとは、考えたこともなかった。
推し活仲間との再会と、静かな焦り
退院後、久しぶりにコンサートへ。城崎竜二の歌声を聴きながら、今度は嬉しさではなく、安堵と、そして言いようのない恐怖から涙がこぼれました。
「この時間は永遠じゃないって、ようやくわかった。」
会場で再会した仲間たちは、「美代さん、無理しないでね!」と明るく迎えてくれましたが、美代さんの中では、もう前と同じ気楽な推し活ではなくなっていました。
「次に私が倒れたら、今度は誰も気づかないかもしれない。」
やっぱりあの出来事が、頭から離れません。
家に帰り、布団の足元で丸くなって眠るミミの寝顔を見つめながら、美代さんはふと思います。 この子を守るための仕組みが、自分の生活には何ひとつない。自分が、ミミにとって唯一の頼みの綱だという厳然たる事実。
引き出しの中の「空白」
ある晩、ふと机の引き出しから、古い大学ノートを取り出しました。それは数年前に買ったものの、最初の数行だけ書いて放置していた終活ノートです。
美代さんは、インクがかすれたページを指でなぞりました。
-
ミミのかかりつけ動物病院:〇〇動物クリニック
-
保険証・年金手帳の場所:本棚下段の青いファイル
-
緊急連絡先:――(書けないまま空欄)
書こうとペンを持った手が止まります。
「いざとなったとき、誰に頼めばいいのか分からない。」
頼れる家族はいません。遠い親戚とは年賀状のやり取りすらなく、職場の同僚にも、プライベートな話はしていません。気兼ねなく助けを求められる相手が、自分の生活の中に、一人もいないのです。
「任せられる誰か」の必要性
その夜、美代さんは初めて現実的に考えました。
倒れたとき、ミミの世話をしてくれる人はいないのだろうか。 入院手続きや、役所の届け出を代わりにしてくれる人。 そして、自分が動けなくなった後、部屋の片付けや、愛するミミの行き先を決めてくれる人は。
“家族”ではなくても、“任せられる誰か”。 そんな存在が自分にも必要だと、静かに気づきました。その誰かを見つけ、仕組みとして整えることが、今、美代さんがミミと自分自身のためにできる、最大の愛情表現なのだと考えたのです。
翌朝、ミミの声と、新たな覚悟
翌朝、ミミがいつものように「ごはん」と鳴きました。その声は、不安そうではなく、ただ日常を求める、甘えた声でした。
「おはよう」と声をかけると、ミミは安心したように美代さんの足元で丸くなりました。
美代さんはカーテンを開け、冬の朝の光が埃一つない磨かれた床にスーッと細く差し込んできました。
湯気の立つコーヒーを飲みながら、美代さんは小さくつぶやきました。
「まだ、ちゃんと生きよう。そして、ちゃんと終われるように準備しよう。」
それは悲しみでも恐れでもなく、自分の人生と、愛するミミの未来を、最後まで自分で引き受けるという、62歳を迎えた美代さんの、静かで強い覚悟の始まりでした。
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